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2017 .04.26
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8.長篠の合戦








 天正三年(一五七五年)の草津の山開きが近い頃、武田四郎(勝頼)は父、信玄の遺志を継いで、上洛のための出陣命令を領国内に下した。

 去年、高天神城を落として武田軍の健在振りを天下に示したので、いよいよ、織田弾正(信長)を倒し、弾正に追い出された将軍足利義昭を京都に迎えなければならない。武田の家中は一丸となって、打倒織田に燃えていた。

 三郎は善太夫より留守を任された。京都まで行きたかったが、もし、善太夫が戦死した場合、跡を継ぐ者が残っていなければならないと言われ、返す言葉はなかった。

 従兄の左京進は武田軍が上洛した留守を狙ってやって来るに違いない上杉軍に備えて、前線の柏原城を守っていた。草津の町奉行を勤めていた弥五右衛門は目付役として出陣する事になり、左京進の弟、雅楽助が草津町奉行に任命された。今まで善太夫の馬廻衆として活躍していた雅楽助は戦場から離れたくないと善太夫に懇願した。

「今回の出陣は長引く事となろう。徳川を倒し、織田を倒し、京都まで行くとなると、いつ帰って来られるかわからん。その間、留守をしっかりと守ってもらわなくてはならんのじゃ。おぬしと左京進の兄弟には、これから先も三郎の両腕として、湯本家のために働いてもらわなくてはならない。今回は三郎を助けて留守を守ってくれ」

 善太夫にそう言われ、雅楽助はうなづいた。草津の町奉行に任命された雅楽助だったが、草津の事はほとんど知らなかった。三郎は雅楽助に草津の事を色々と教えなければならなかった。

 東光坊は去年の夏より、忍び集団を作るため、白根山中で若い者を鍛えていた。見込みのありそうな男六人、女四人を領内から選び、一年間の厳しい修行の後、残った男三人と女二人をお屋形に連れて来た。

 善太夫は縁側まで出て来て、鍛え抜かれた五人の若者たちを眺めながら、「ものになりそうか」と聞いた。

「何とか、死ぬ覚悟だけはできております」

 東光坊は後ろで控えている若者たちを振り返り、善太夫に紹介しようとしたが、

「一年足らずの修行では、まだ無理じゃろう」と善太夫は言った。

 確かにその通りだと東光坊も思っていた。

「もう一年、みっちりと仕込むつもりでございます。ただ、今回の大戦に連れて行けば何かの役に立つだろうと連れて参りました」

「今回は忍びは連れてはいかん」と善太夫は意外な事を言った。

「えっ」と東光坊は善太夫を見上げた。

「戦が大きすぎるんじゃ。敵も味方も多くの忍びが暗躍する事になろう。源太左衛門殿は当然、円覚坊殿が作った忍び集団を活躍させる。真田氏だけでなく、武田の武将たちが皆、一流の忍びを使うに違いない。わしが忍びを連れて行っても、返って邪魔になるだけじゃ。敵の間者と間違われ、殺されてしまうかもしれん。急ぐ事はない。立派な忍び集団を作ってくれ」

「かしこまりました」と東光坊は重々しくうなづき、若い者たちを雪山の中に帰した。
 出陣の前、お屋形の庭で三郎は善太夫と木剣で立ち合った。お互いに清眼(中段)に構え、相手の動きを見守った。善太夫と立ち合うのは初めてだった。自分の腕を見せてやろうと得意になっていたが、どうしても打ち込む事はできなかった。

 こんなはずはない。草津に帰って来てからも武術の稽古は怠りなくやって来た。師匠の東光坊を除いて、吾妻郡に自分より強い者がいるはずはないと思っていた。

 三郎は右足を後ろに引くと同時に木剣も後ろに引き、新陰流独自の車(しゃ)の構え(下段の脇構え)となった。すると、善太夫も同じ構えに移った。その後、二人は動く事なく、時間だけが流れて行った。二人の間を桜の花びらがチラチラと舞っていた。

 三郎は父親の強さを改めて知った。若い頃、厳しい修行を積んだとは聞いていたが、これ程、強いとは思ってもいなかった。打ち合えば完全に自分が負けるだろう。まだまだ修行を積まなければと思った。

「よし、これまでじゃ」と善太夫は言うと、満足そうにうなづいて構えを解いた。

 三郎も構えを解くと頭を下げた。体中から汗が吹き出していた。

「さすがじゃな」と善太夫は嬉しそうな顔をして三郎を見た。

「三郎、新陰流の極意は何じゃな」

 突然の質問に三郎は戸惑った。顔の汗を拭い、しばらく、父親を見つめていたが、「平常心(びょうじょうしん)だと思います」と答えた。

「うむ。平常心も必要じゃ。しかし、新陰流の極意は『和』じゃよ。その事をよく肝に銘じておけ」

「『和』ですか」と三郎は首をかしげた。

 善太夫はうなづくと、「愛洲移香斎殿のお言葉じゃ」と言った。

「流祖様の‥‥‥」

「今はわからんかもしれんが、やがて、わかる日が必ず来る」

 善太夫は三郎に移香斎と上泉伊勢守の事を話して聞かせた。三郎は興味深そうに聞いていたが、新陰流の極意が『和』だという事は理解できなかった。人を殺すための武術の極意が『和』だなんて、どうしても理解できなかった。三郎は何度も『和』という言葉を噛み締めていた。

「留守をしっかり頼むぞ。京都に行くのは久し振りじゃ。お前の話を聞くと随分と変わったらしい。京土産をどっさり持って帰るからな、楽しみに待っていろ」

 善太夫は六十人の家臣を引き連れて真田へと向かった。三郎に戦の状況を知らせるため、戦に参加しないという条件で、東光坊の配下の忍びを五人連れて行った。

 吾妻郡から善太夫と共に真田に向かったのは鎌原城主の鎌原筑前守(かんばらちくぜんのかみ)、西窪城主の西窪治部少輔(さいくぼじぶしょうゆう)、雁(がん)ケ沢城主の横谷左近(よこやさこん)、三島城主の浦野下野守、岩下城主の富沢但馬守、植栗城主の植栗河内守、岳山(たけやま)城主の池田佐渡守の嫡男、池田甚次郎たちだった。彼らは一徳斎の墓参りをした後、真田源太左衛門、兵部丞の兄弟に率いられて甲府へと向かった。

 箕輪城の内藤修理亮も瀬下豊後守に留守を任せて、甲府に向かっていた。

 草津の山開きを雅楽助と共に無事に済ませた三郎のもとに第一報が届いたのは、桜の花も散って、湯治客が賑わい始めた四月の半ばだった。武田家の菩提寺である恵林寺で戦勝祈願の法会(実は信玄の三回忌)を大々的に行ない、武田のお屋形様は一万五千余りの大軍を率いて徳川の本拠地、三河の国に向かったという。それから一月の間は何の音沙汰もなかった。留守を狙って上杉謙信が攻めて来る事もなく、前線の柏原城で何度か、小競り合いがあった程度で、吾妻郡は比較的、平和な時が流れた。

 山ツツジが咲き誇っている五月の半ば、東光坊の配下、円実坊が三河の国からやって来た。武田軍は徳川方の長篠城(鳳来町)を包囲して攻撃を始めたと言って、絵図を広げて見せた。長篠城は徳川三河守の本拠地、浜松城と以前の本拠地、岡崎城のほぼ中程にあり、この城を奪い取れば、徳川の領地は分断される事になった。

「敵兵はおよそ五百人。落城は目に見えております」と円実坊は余裕を持った表情で笑った。

「たった五百の兵が守る城を一万五千で攻めているのか」そう聞きながら、三郎は円実坊が描いた絵図をじっと見ていた。

 絵図には武田軍の配置も詳しく書き込まれてあった。大野川と寒狭(かんさ)川の合流地点に長篠城があり、武田のお屋形様のいる本陣は長篠城の北にある医王寺山にあった。本陣の前面に一条右衛門大夫、土屋右衛門尉らと共に真田源太左衛門の陣がある。湯本家の者たちもそこから長篠城を攻めているに違いなかった。さらに、その前方に馬場美濃守、小山田備中守、武田左馬助(さまのすけ)、内藤修理亮、小幡尾張守らが長篠城を囲んでいる。寒狭川を挟んで対岸に、原隼人佑(はやとのすけ)、穴山玄審頭(あなやまげんばのかみ)、武田逍遙軒(しょうようけん)、山県三郎兵衛(やまがたさぶろうひょうえ)らが陣を敷き、大野川の対岸の鳶ケ巣山に武田兵庫助の陣があった。

「三河の国を手に入れるためには、どうしても必要な城なのでございます。それに、三河守をおびき出すためでもあるのでございます」

「おびき出して倒すのだな」

 三郎は長篠城から視線を浜松城へと移し、どこで決戦が行なわれるのだろうかと考えた。

「三河守は三方ケ原で武田軍に痛い目に会い、武田軍を恐れております。三河守の本拠地を攻めても籠城されたら勝負になりません。三方ケ原の時のように野戦に持ち込まなければならないそうでございます」

 三郎は浜松城の北に書き込まれた三方ケ原という文字を見てから顔を上げた。

「三河守は出て来るのか」

「多分。長篠城を助けに来ないで見捨ててしまえば、三河守は信用を失います。徳川に付いた者たちは皆、武田に寝返ってしまうでしょう」

「成程、そういう事になるのか‥‥‥」

 三郎は再び、絵図を眺めた。長篠城が落ちれば、東三河が武田領となるのは確実で、武田領の駿河と東三河に挟まれた遠江の者たちも武田に寝返るに違いなかった。

「今頃、徳川との決戦が始まっているかもしれません」と円実坊は言った。

 三郎は庭の方を眺めた。今にも雨が降りそうな空模様だった。三河の方では雨が降っているかもしれない。雨の中、湯本家の者たちが必死になって戦っている様子を思い描きながら、三郎は武田軍の必勝を祈った。

「三河守を倒したら、尾張に進攻して織田弾正と戦うのだな」

「三河守がいなくなれば、織田弾正の命もそう長い事はないでしょう。京の都に武田の旗がなびくのも以外に早いかもしれません」

 円実坊は温泉に入って汗を流すと次の吉報を知らせるために三河に戻って行った。

 草津は静かだった。例年、梅雨時は湯治客は少なく、武田の負傷兵がいるだけだったが、今年は負傷兵もいなかった。武田のお屋形様が大軍を率いて出陣しているため、たとえ、負傷していても留守を守るように命じられたのかもしれなかった。

 三郎は雅楽助と町内を見回った後、お屋形に戻る雅楽助と別れ、善太夫の宿屋の前に立って、小雨に煙る湯池をぼんやりと眺めていた。

 今頃はもう徳川軍を倒し、尾張に向かっているのだろうか。それとも、徳川三河守は織田弾正に援軍を頼み、五年前の近江姉川の合戦の時のように一緒になって武田軍と戦っているのだろうか。

 三郎はふと、織田弾正が鉄砲を手に入れるために堺港を手に入れたと言った小野屋の女将の言葉を思い出した。姉川の合戦の時、弾正は一千挺余りの鉄砲を持っていたと噂されていた。あれから五年が経ち、どれ程の鉄砲を手に入れたのだろうか。一千五百挺、あるいは二千挺、どっちにしても武田軍より多くの鉄砲を持っているのに違いなかった。城を守るには数多くの鉄砲があれば有利だが、野戦においては鉄砲よりは騎馬の方が有利だった。鉄砲の撃ち合いは敵と味方がぶつかり会う前に行なわれるだけで、敵と味方が入り乱れてしまえば鉄砲の出番はなかった。ただ、織田弾正という武将は何をやるかわからないという不気味さが恐ろしかった。

「なに、ぼんやりしてるの。濡れるわよ」と声を掛けられ、振り返ると菅笠を被った小野屋の女将が笑っていた。

「どうしたんです」と三郎は目を丸くして、女将を眺めた。

 去年、真田で別れてから一年が経っていた。そういえば、明日は一徳斎の一周忌だった。正式に公表していないので法事も行なわれないようだが、女将は真田に行くつもりなのだろう。

「あなた、お嫁さんを貰うんですってね。お祝いを言いに来たのよ」

 女将の格好は旅支度ではなかった。雨に濡れたので、伊勢屋で着替えたらしい。

「そのために、わざわざ、小田原から来てくれたのですか」

「そうよ。あなたには色々と辛い思いをさせちゃったからね。幸せになって貰いたいのよ」

「ありがとうございます。まあ、どうぞ、中にお入り下さい」

 三郎が女将を部屋に案内すると、若い娘がお茶を持って入って来た。

「あら、もしかしたら妹さんじゃないの」と女将は三郎の妹、おしのを知っていた。

「祖母を手伝っているんですよ」

「お母さんにそっくりになって来たわねえ」

 おしのは恥ずかしそうに頭を下げると下がって行った。

「いくつになったの」と女将は、おしのの後ろ姿を見送りながら三郎に聞いた。

「十七です」

「あら、もう十七になったの。この前、会ったのはいつだったかしら。まだ十歳位の可愛い女の子だった。ほんと、月日の経つのは速いわねえ。いやになっちゃうわ。そろそろ、お嫁に行く頃じゃないの」

「そうなんです。父上が戻って来たら西窪殿の所へ嫁ぐ事になっているんです」

「そうだったの。西窪様というと蔵千代様かしら」

「はい。今は家督を継いで、治部少輔と名乗っています」

「そうだったわね。治部少輔様なら丁度いいかもしれないわね」

 女将は静かにお茶を飲むと庭の紫陽花を眺めた。軒先をかすめてツバメが飛んで行った。

「お母様もこちらにいらっしゃるの」ふと思い出したかのように女将は聞いた。

「いえ、母は小雨村の方に」

「あら、そう。久し振りに会いに行こうかしら」

「会ってやって下さい。母も喜びます」

「そうね‥‥‥話は変わるけど、あなたの婚礼のお祝いに鉄砲を持って来たわ」

「えっ、鉄砲ですか」

「そう。色々と考えたんだけど、鉄砲が一番いいんじゃないかと思って。武田のお屋形様も鉄砲を集めているけど、湯本家まで回っては来ないでしょうからね」

 確かに女将の言う通りだった。この吾妻の地にいて鉄砲を手に入れるのは容易な事ではない。時々、岩櫃城に上方から来た商人と称して鉄砲を売りに来る者がいるが、戦場から盗み取ったろくでもない代物(しろもの)を高く売っていた。銃身に玉薬(火薬)のカスが詰まっていて役に立たない鉄砲でも、持っていれば箔が付くといって引っ張り凧だった。情けないが、それが実情だった。

「ありがとうございます。何よりの贈り物です。喜んで頂戴いたします。でも、女将さんにはほんとお世話になりっぱなしで、何のお返しをしたらいいのか」

「そんな事、気にしなくていいのよ。白根の硫黄が充分に役に立ってるんだから。伊勢屋に置いてあるの。後で運ばせるわ」

「ありがとうございます」と三郎は丁寧に頭を下げた。

「会っては来なかったけど、善太夫様は岩櫃の方にいらっしゃるの」

「いいえ。父上は三河に出陣しました」

「えっ、善太夫様も行ったの」女将はまさか、と言ったような顔をして三郎を見た。

「ご存じなかったのですか」

「知らなかったわ。前回、信玄様が出陣なさった時は、善太夫様を初めとして吾妻の武将たちは出陣しなかったでしょ。今回も留守を守っていると思ってたわ」

「今回は真田のお屋形様に率いられて、吾妻衆も出陣したんです」

「そうだったの‥‥‥」

「今頃、徳川勢と戦っているかもしれません」

「そうね」と言ったまま、女将は呆然として急に黙り込んでしまった。

「どうかしたのですか」と三郎が聞くと、

「あら、御免なさい」と笑ったが、何かをじっと考えているようだった。

「岐阜の織田様は出て来るのかしら」と女将は独り言のように呟いた。

「出て来ないんじゃないですか」と三郎は言った。「去年の高天神城の時も間に合わなかったし、その前の三方ケ原の時も出て来なかったでしょう。織田弾正殿は武田軍を恐れているようです。今回も出ては来ないと思いますけど」

「でもね、今の織田様は以前とは違うわ。信玄様が上洛しようとした時、織田様の回りは敵だらけで、簡単に動く事はできなかった。信玄様がお亡くなりになってから、織田様は越前の朝倉、近江の浅井を滅ぼして、将軍様も追放してしまったわ。伊勢長島の一向一揆も皆殺しにしてしまったし、織田様は確実に回りの敵を倒してしまったのよ。今回は徳川様を助けるために出陣して来るに違いないわ」

 三郎も噂で、織田弾正が敵対していた朝倉と浅井を倒した事は聞いていた。でも、草津にいると織田弾正の事は遠い国の出来事で、関東には縁のない事だと思って、それ程、気に掛けてはいなかった。女将の話によると織田弾正は確実に勢力を伸ばしているようだ。これからは充分に気をつけて織田弾正の動きを見守らなくてはならないと思った。

「すると、武田軍は徳川と織田の連合軍を相手に戦う事になるんですね」

 女将は両手に持った茶碗の中のお茶を見つめたまま返事をしなかった。三郎は少し不安になって、「勝てるでしょうか」と聞いてみた。

 女将は顔を上げると茶碗を茶台に戻して、三郎を見た。

「野戦に持ち込めば、武田軍の方が有利でしょう。織田様が武田の騎馬隊を恐れているのは事実よ。でも、織田様には数多くの鉄砲があるわ。武田四郎様が無理に攻撃を仕掛けなければいいんだけど」

「織田弾正はどの位の鉄砲を持っているのですか」

「確かな事はわからないけど、三千挺は持ってるでしょうね」

 三千挺と言えば、今の吾妻郡の兵力二千と真田の兵力一千、すべての兵が鉄砲を持っているという事になる。よくもそれだけの鉄砲を集められたものだと驚きを越えて、ただ感心するしかなかった。

「武田はどの位なのです」

「一千挺あるかどうかって所でしょう」

「三倍か‥‥‥」

「問題は数じゃないのよ。鉄砲をどう使いこなすかなの。織田様は今までの武将と違って、独創的な事をするのが好きだから何をしでかすかわからないわ。善太夫様、大丈夫かしら」

「父上は大丈夫ですよ」と三郎は言ったが、一瞬、不安がよぎった。

「そうね、心配のし過ぎね」と女将は笑った。

「そうですよ」と三郎は力強く言って、大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 女将は、ちょっと用があるから、それを片付けてからまた来ると言って、雨の中、出て行った。

 女将が出て行ってからすぐ、伊勢屋から鉄砲が届けられた。鉄砲の事にそれほど詳しくない三郎にも、それが最新式の鉄砲だとすぐにわかった。こんな高価な物を十挺も贈られ、改めて、お礼を言うために伊勢屋に行くと、女将の姿はすでになかった。急用ができたと言って、慌てて草津を後にしたという。三郎は何があったのだろうと首を傾げながら、心の中で感謝をした。

 草津の事を雅楽助に任せ、長野原の山中で、女将から貰った鉄砲の稽古をしていた三郎のもとに戦場からの報告が届いたのは二十一日の昼過ぎだった。

 長篠から草津まで、およそ七十五里(約三百キロ)の距離を走り通して来た浄楽坊は、三郎の前にひざまずいた。今は雨がやんでいるが、昨夜から今朝にかけて土砂降りだった。その中を休まず走って来たとみえて、柿染めの衣は乾いた泥にまみれていた。

「去る十八日の夕刻、いよいよ徳川と織田の軍勢が長篠城の西、設楽ケ原に現れました」

「なに、織田弾正が現れたのか‥‥‥」

 やはり、女将の言った通り、織田弾正はやって来た。織田と徳川の連合軍を相手に戦うとなれば、厳しい戦になりそうだった。

「それで、敵の兵力は?」

「まだ詳しくはわかりませんが、徳川が五千、織田が一万。ほぼ武田軍と同数の模様でございます」

「互角か‥‥‥織田の鉄砲の数は?」

「まだ、そこまでは」

「織田と徳川の後詰が来たのは十八日と言ったな」

「はい、さようでございます」

「三日前か‥‥‥すでに戦は始まったな、いや、もう終わったかもしれん」

「はい、今頃は織田と徳川を蹴散らして、三河から尾張に向かっているかもしれません」

「うむ、御苦労だった。草津に行って、ゆっくり湯に浸かって、疲れを取ってくれ」

「はっ」と頭を下げると浄楽坊は去って行った。その姿は湯に浸かるどころか、休みもせずに、真っすぐ長篠に向かうようだった。

 次の日、雨の降る中、玉川坊がやって来た。城下にある自宅で着替えて来たとみえて、着物は濡れてはいなかったが、髷を結っていない長い髪はびっしょりだった。

「十八日に長篠城の後詰に来た織田徳川の連合軍は陣地を固めるのに必死で、一向に攻めて来る気配がございません。やはり、織田弾正は武田軍を恐れているものとみえます。十九日、武田のお屋形様は軍議を開き、今後の事を決める模様でございます」

「敵は攻めて来ないで陣地を固めているのか‥‥‥確かに、女将が言ったように、織田弾正は何をするかわからんな」

「はあ」と玉川坊はポカンとした顔をした。

「いや、こっちの事だ。陣地を固めるとはどういう事だ。堀でも掘っているのか」

「はい。堀を掘って土塁を固め、柵を立てて、まるで城でも築いているような有り様でございます」

「何だと、という事は敵は攻める意志はなく、こちらが攻めるのを待っているというのか」

「はい、そのようでございます。野戦では勝ち目がないとみて、陣地を固めているのでございます」

「鉄砲を構えて待っているのだな」

「そのようでございます」

「軍議の結果はどうなった」

 玉川坊は首を振った。「結果が出る前にこちらに向かいましたので」

「そうか」

 玉川坊が帰った後、三郎は円実坊が描いた絵図を眺めた。設楽ケ原は長篠城の南側にあり、東には寒狭川と大野川が合流した豊川が流れていた。織田と徳川の連合軍はそこに陣地を築いているという。堀を掘り、土塁を築いて守りを固め、一万五千の兵が籠もっているとなれば、これはもう城と同じだった。しかも、三千挺の鉄砲がある。攻め落とすのは容易な事ではなかった。

 翌日の昼前、双寿坊がやって来た。久し振りにお天道(てんとう)様が顔を出し、いい天気だった。きっと、いい知らせだろうと三郎は機嫌よく、双寿坊と会った。

「十九日の軍議では結論が出ず、二十日の軍議で決戦と決まりました。敵の陣地は半里(約二キロ)にも及ぶ長いものでございます。兵力は分散し、突破できない事はないでしょう。一ケ所を破り、後方に回る事ができれば、敵は総崩れとなりましょう」

「決戦は二十日だったのか」

「いえ、二十日の昼過ぎより雨が降って参りましたので、決戦は翌日に決まりました」

「二十一日か。二日前だな‥‥‥」

「さようでございます」

「父上は前線にいるのか」

「はい。真田のお屋形様に率いられ、およそ十町(一キロ)程の距離をおいて織田軍と対峙しております」

「そうか‥‥‥」

 敵の陣地が半里にも及ぶものと聞いて、三郎は武田軍の勝利を確信した。しかし、信長が持っている三千挺の鉄砲の事が気に掛かっていた。

 直ちに戻り、一刻も早く吉報をお届けいたしますと言って、双寿坊は帰って行った。

 その日の日暮れ近くだった。三郎が長野原のお屋形の奥の一室で幻庵の一節切を吹いていると急に屋形内が騒がしくなった。馬のいななきが聞こえ、遠侍(とおざむらい)に詰めていた弟の小四郎が血相を変えて駈け込んで来た。

「兄上、大変でございます」

 何事だと行ってみると、所々に乾いた血がこびり付いている破れた柿染め衣を来た仙遊坊がひざまずいて待っていた。側には今にも倒れそうな、汗びっしょりの馬が苦しそうにいななき、手綱を押さえていたのは双寿坊だった。双寿坊は昼間見た通りの姿だったが顔色は悪く、仙遊坊の姿はただ事ではなかった。留守を守っている者たちが集まって来て、心配顔で見守っていた。

 ここで聞くべきではないと判断した三郎は二人を奥の部屋に通し、共に留守を守っていた家老の湯本弥左衛門を呼んだ。弥左衛門は仙遊坊の姿を見て、すべてを悟ったかのように顔を歪め、三郎を見て首を振った。

 三郎は二人が話し出すのを待った。二人とも頭を下げたまま、じっと黙り込んでいた。

「どうしたのだ。負け戦になったのか」三郎は我慢しきれずに問い詰めた。

 仙遊坊は顔を上げると泣きべそをかいたような顔をしてうなづいた。

「お屋形様が、お屋形様が戦死なさいました」

「何だと、まさか‥‥‥父上が戦死‥‥‥そんな馬鹿な‥‥‥」

 三郎には信じられなかった。たとえ、負け戦になったとしても、あの善太夫が戦死してしまうなんて、一瞬たりとも考えた事はなかった。

「申し訳ございません。わしらが付いていながら、お屋形様を助けられなくて」

 仙遊坊と双寿坊は泣きながらひれ伏した。

 弥左衛門は気が抜けたような顔をして、泣いている二人を眺めていた。

「どうしたんだ。何があったんだ。どのようにやられたんだ。織田弾正の鉄砲にやられたのか」三郎は両拳をグッと握り締めながら、ひれ伏している二人を問い詰めた。

「さようでございます」と仙遊坊が顔を上げ、涙を拭きながら答えた。

「敵の鉄砲にやられ、味方は総崩れとなり、戦場はもう、死体だらけの無残な有り様でございました。武田の名だたる武将の方々も何人も戦死された模様でございます‥‥‥お屋形様の命令で、わしらは戦には参加できませんでした。敵の間者に間違われて捕まる事も考えられますので、戦場に近づく事さえできなかったのでございます。二十一日の早朝より戦は始まりました。長篠城への総攻撃を合図に、武田軍の総攻撃が始まりました。敵味方の鉄砲の音が響き渡り、それはもう、雷がまとめて落ちて来たかと思う程の物凄い音でございました。味方は敵の鉄砲を食い止めながらも出撃を繰り返し、敵が築いた土塁や堀を攻略して行きました。あともう少しで、敵の後方に抜けられると思った時、敵の猛反撃にやられ、味方は総崩れとなりました。一旦、崩れた陣を立て直す事もできず、次から次へと現れる敵兵に味方は討ち取られたのでございます。未(ひつじ)の刻(午後二時)頃には設楽ケ原での戦は終わり、敵は退却する武田軍の追撃に移りました。配下の者たちを順番にこちらの方に向かわせましたので、その日、向こうにいたのはわしと円実坊の二人だけでございました。とにかく、お屋形様の安否を確認しなければ帰れないと、わしらは山から出て戦場に向かいました。そこはまるで地獄のように悲惨な有り様でございました。驚く程の数の血だらけの死体が転がっておりました。わしらは真田勢が戦っていた辺りに行き、湯本家の者たちを捜しました。何人か見つけましたが、お屋形様の姿は見つかりません。首を取られてしまったのかと首のない遺体も捜しましたが見つかりません。無事に退却した事を祈りながら、無残に切られた湯本家の指物(旗)を持って引き上げようとした時、宮崎陣介殿に声を掛けられました」

「おお、陣介は無事じゃったか」と黙って聞いていた弥左衛門が呻くように言った。

「はい、御無事でございました。陣介殿からお屋形様がお亡くなりになった事を聞きました。そして、湯本家の生存者がいないか、もう一度、確かめてから、お屋形様のもとに行ったのでございます。お屋形様は空き家となった農家におりました。驚いた事に、小野屋の女将さんがお屋形様を見守っておられました」

「何だと、女将さんがいたというのか」と今度は三郎が驚いて聞いた。

「はい。草津で若様とお会いになって、不吉の予感がして飛んで来たとの事でした」

「そうか‥‥‥」

 女将が草津に来たのは十八日の昼近くだった。それが、たった三日後の午後には長篠にいるとは信じられなかった。

「お屋形様のお側におられたのは女将さんと浦野佐左衛門(すけざえもん)殿だけでございました。お屋形様の死に呆然としておりますと、早く、若様にお知らせしろと女将さんに言われ、夢中になって飛んで参ったのでございます」

 三郎は傷の手当をしろと言って二人を下がらせた。二人と入れ替わるように、東光坊が現れた。

「師匠、父上が戦死なされた」と三郎は言った。声がかすれていた。東光坊の顔を見た途端に、目が潤んで来た。三郎は俯き、目頭をこすった。

「話はすべて聞いた」と言って、東光坊は部屋の隅に腰を下ろした。

「負け戦になるとは‥‥‥父上がお亡くなりになるとは‥‥‥まったく、信じられん」三郎は独り言のように呟いていた。

「若様」と弥左衛門が涙に潤んだ顔を上げて、三郎を見つめた。

「若様がお屋形様を継がなければなりません」

「俺がお屋形様に‥‥‥そんなの早すぎる。俺にはそんな自信はない」

「大丈夫じゃ。お前なら立派に勤まる」と東光坊は三郎をじっと見つめて、うなづいた。

 三郎は首を振りながら、「できない。そんなの無理だ。無理に決まっている」と無意識に言っていた。

「若様」と弥左衛門がもう一度、力強く呼んだ。

 三郎は弥左衛門を見た。そして、東光坊を見た。二人とも、しっかりしてくれと言うように三郎を見ていた。

「すみません。ちょっと独りにして下さい」と三郎は二人に言った。

「家中の者たちに知らせなくてはならん。広間に皆の者を集めるから、若様も気を落ち着けたら出て来て下され」弥左衛門はそう言うと目頭を押さえ、東光坊を連れて部屋から出て行った。

 しばらくして、三郎の部屋から一節切の調べが聞こえて来た。広間に集まった家臣たちは三郎の吹く一節切を聞きながら胸がジーンとなり、すすり泣きを始めた。

 それから六日後の五月二十九日、小雨の降る中、小野屋の女将と共に塩漬けにされた善太夫の遺骸が草津に帰還した。
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