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2017 .09.23
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2.上泉伊勢守








 船が伊豆半島を越えると、目の前に富士の山が見えて来た。

 雪をかぶった富士山は神々しい程に眩しかった。三郎はしばし、その美しさに見とれた。

「三郎、あそこに登ってみるか」と東光坊が横に来て聞いた。

「えっ、登れるんですか」

「登れん山はない。だが、今の時期は難しい。頂上は大雪じゃからな、夏まで待つしかない」

「登ってみたいです」

「うむ。だがな、富士山は登るよりも遠くから眺めていた方がいいかもしれん。山の中に入ってしまうとあの美しさはわからなくなる」

 三郎は富士山の華麗な姿を見つめながらも、浅香の事を思っていた。浅香にも富士山を見せてやりたいと思っていた。

 予定では江尻津(清水港)まで船で行くつもりだったが、沼津で降りる事にした。一気に船で行くよりも、富士山を眺めながら歩きたかった。

 駿河の国(静岡県中東部)は今川家の領国で、今、今川と北条と甲斐(山梨県)の武田は同盟を結んでいた。草津の湯本家は武田に属しているので、ここも味方の国だった。

 右手に富士山、左手に海を眺めながら、二人は駿河の都、駿府(静岡市)へと向かった。

 今川家のお屋形様(氏真)がいる駿府も小田原に負けない程、賑やかな都だった。小田原の城下ではあまり見られないお公家さんたちも多く住み、何となく雅な雰囲気があった。

「どうじゃ、琴音殿の事は忘れられたか」

 浅間(せんげん)様の門前にある宿坊に着いた時、東光坊はそう聞いた。

「琴音?」

 浅香に会ってから、琴音の事はすっかり忘れていた。

「忘れたらしいな、よかった、よかった」

「でも、浅香の事は忘れられません」

「ほう、今度は浅香か。お前も結構、浮気者じゃな」

「そんな、違いますよ」三郎はむきになって否定した。

 東光坊は笑いながら、「どうじゃ、浅香を忘れるために、今度は駿河の女子でも抱いてみるか」とからかった。

「浅香のような女は滅多にいません」

「まあ、そうじゃろうの。あれだけ高級な遊女は滅多におらん。お前、揚げ代がいくらだったか知ってるか」

「そんなの知りません」

「わしらにはとても払えん程、高価じゃ。わしがお屋形様から預かって来た一年分の銭でも足らんのじゃ。小野屋の女将さんに感謝して、浅香の事は夢だったと諦める事じゃ」

「いやだ、俺は諦めない。琴音を諦めて、浅香まで諦めろと言うのか」

「しょうがないんじゃ。どうしても諦めきれなかったら、お前がお屋形様になった時、迎えに行ってやる事じゃな。身請けするにも莫大な銭が掛かるが、お屋形様になればできない事もあるまい」

「俺は諦めない。浅香を絶対に草津に呼んでやる」

「呼んでどうする?」

「妻にする」

「ほう、それもいいじゃろう。まあ、頑張れ」東光坊は三郎を見ながら鼻で笑った。

 三郎はブスッとした顔をして、東光坊を睨んでいた。
 駿府では遊女屋にもよらず、大井川を渡って遠江(とおとうみ)の国(静岡県西部)に入った。ここも今川の領国だった。

 遠江の国を抜けると三河の国(愛知県中東部)だった。三河は徳川家の領国で、徳川家は美濃(岐阜県中南部)と尾張(愛知県西部)を領する織田家と同盟を結んでいた。そして、武田家と織田家も同盟を結んでいるので、ここも味方の国と言えた。三河、尾張と抜け、二人は伊勢の国(三重県北部)に入った。

 伊勢には北畠氏がいた。北畠氏は武田家にとって利害関係はなかった。敵でも味方でもなく、二人は飯縄山の行者として、伊勢神宮を参拝した後、大和の国(奈良県)へと向かった。

 のんびりと歩いて来たので、吉野に着いたのは桜が咲き誇る三月の初めになっていた。

「いいか、覚悟しておけよ」と蔵王堂に参詣した後、東光坊はいつになく厳しい顔をして三郎に言った。「大峯の奥駈けは非常につらい修行じゃ。いつまでも、女の事をくよくよ考えている奴には勤まらんぞ。ついて来られないようなら山の中に置いて行くからな」

 大峯山を登るのが今回の旅の目的だった。山伏なら誰でも一度は大峯山を登らなくては一人前とは認めてもらえなかった。三郎は山伏ではないが、草津の白根明神の山伏たちから大峯山の話を聞き、ぜひ、一度、登ってみたいと思っていた。

 さすが、大峯山は山伏の聖地だった。各地から山伏たちが大勢、吉野に集まって来ている。また、山伏でなくても、先達(せんだつ)と呼ばれる山伏に連れられてやって来た信者も多かった。

 飯縄山の宿坊(しゅくぼう)に入った東光坊と三郎は身を清め、真言(しんごん)を唱えると、夜明けと共に山の中へと入って行った。

 あちこちにある行場(ぎょうば)を巡りながら、山の奥へと入って行く。細い山道を錫杖を突きながら、ただひたすら歩く。時には険しい岩をよじ登り、落ちたら谷底に真っ逆さまという狭い尾根道を行く。

 東光坊の足は速かった。追いかけて行くのがやっとで、浅香の事ばかり考えていた三郎もそれどころではなくなって来た。汗びっしょりになり、必死で山道を歩いていた。

 日暮れ時より大分早く、山頂に着いた。山の頂上にも大きな蔵王堂が建ち、宿坊がいくつも並んでいた。

 どうして、こんな山の上に、こんな大きな建物があるのか不思議だった。山頂にある行場を巡るとその日の行は終わった。

 夕日を眺めながら汗を拭いていると、どこかに行っていた東光坊が戻って来た。

「どうじゃ、いい気分じゃろう」

「はい。何かこう、気分がすっきりしました」

「うむ。わしがここに来たのは三度目じゃ。来る度に、益々、この山に惹かれる。あちこちで戦をやっているというのに、この賑わいはどうじゃ。大したもんじゃな」

「すごい山です。さすが、本場ですね」

 三郎は感激していた。来てよかったと心の底から思っていた。

「うむ。だが、まだ序の口じゃ。これからまだ幾つもの難所がある」

「えっ、ここが大峯山じゃないんですか」

「大峯山というのはな、幾つもの山が集まって大峯山ていうんじゃよ。ここは山上(さんじょう)ケ岳じゃ。この先に大普賢岳(だいふげんだけ)、行者還岳(ぎょうじゃかえりだけ)、明星ケ岳、釈迦ケ岳、大日岳、行仙岳、仙ケ岳、玉置山と続く。玉置山を下りるとようやく熊野じゃ。まだまだ先は長いぞ」

「大峯山てそんなにも大きかったのですか」

「そうじゃ。これから奥駈けの行が始まるんじゃよ」

 それから、およそ三ケ月余りもの間、二人は大峯山中にいた。熊野本宮までの奥駈け行は七日で終わったが、その後、再び、山の中に入り、岩屋で暮らしながら武術の修行に励んだ。

 三郎は十一歳になった四月、草津にある白根明神に入り、武術の修行を始めた。当時はまだ、武術を教える道場は少なく、山伏から教わる事が多かった。草津では白根明神の山伏が侍の子弟を集めて教えていた。

 三郎は草津のお屋形様である湯本善太夫の甥だった。父親は善太夫の義弟で、善太夫を助けて戦で活躍していた。三郎も父親の跡を継いで立派な武将になるため、白根明神に入って武術の修行に励んだ。ところが、三郎が十三歳の九月、父親が戦死してしまった。本来なら三郎が父親の跡を継ぐべきだったが、十三歳の三郎では、この戦乱の時期、心もとないと父親の弟、助右衛門が跡を継ぐ事になってしまった。三郎は悔しかった。しかし、翌年の春、思いもかけない幸運が訪れた。

 お屋形様の善太夫が三郎を養子にして、お屋形様を継いでほしいと言って来たのだった。善太夫には跡を継ぐべき男子がいなかった。その時、善太夫は三十六歳、正妻の他に側室(そくしつ)を二人持ち、娘は二人いた。この先、跡継ぎが生まれる可能性もあったが、三郎の父親のように、いつ戦死するともわからないので、三郎を跡継ぎに決めたのだった。

 跡継ぎになった三郎は元服して、父親と同じ三郎右衛門を名乗った。そして、善太夫のために働いていた飯縄山の山伏、東光坊から改めて武術を習った。一年間、東光坊の厳しい修行に耐え、世の中を見るために旅に出たのだった。

 三郎が修行している武術を陰流という。北条幻庵の師匠だった愛洲移香斎が編み出した武術だった。移香斎はすでに亡くなっていたが、陰流は各地に広まっていた。移香斎の弟子、八郎坊が飯縄山に来て、山伏たちに教えたため、信濃から上野にかけても広まり、父親も義父の善太夫も陰流を身に付けていた。また、移香斎は北条氏の初代、早雲ともつながりがあり、幻庵を初めとして北条家中にも弟子は多かった。

 梅雨の上がった六月の半ば、三郎と東光坊は大峯山を下り、京都へと向かった。

「よく耐えたな。弱音を吐いたら、山の中に置いて行くつもりじゃった」

「まさか‥‥‥」

「いや、本当の事じゃ。お屋形様より言われていたんじゃ。お前がお屋形様になれる器かどうか見極めてくれとな」

「父上がそんな事を言ったのですか」

「そうじゃ。お前は跡を継げば、お屋形様になれると簡単に考えているかもしれんが、そんな簡単な気持ちではお屋形様にはなれん。いいか、今は戦乱の世じゃ。お屋形様がしっかりしていなくては生き残る事はできんのじゃ。世の中の動きをよく見て、その動きに乗り遅れんようにしなければならん。乗り遅れれば、湯本家は全滅するんじゃ。草津の地は奪われ、女子供まで殺されてしまうんじゃよ」

「そんな‥‥‥」

「大袈裟じゃと思うかもしれんが、現に岩櫃城の斎藤家も箕輪城の長野家も武田に滅ぼされた。お屋形様が武田に属したため、湯本家は生き残る事ができたんじゃ。お屋形様はあらゆる情報を集め、武田が上杉より有利と見て、武田に属す決心を固めた。もし、お屋形様が上杉に属してたら、今頃、湯本家は滅びているんじゃぞ。わかったか。お屋形様になるって事は湯本家の将来を背負うという事なんじゃ。その覚悟ができないようなら、今のうちに降りる事じゃな」

 三郎は足を止めた。東光坊が言った事を噛み締めながら考えていた。

「覚悟ができるか」と東光坊が振り返って聞いた。

 三郎は力強くうなづいた。

「よし、お前にやる気があれば、わしも本気でお前を鍛えてやる。立派なお屋形様にしてやるよ」

 熊野本宮から中辺路(なかへじ)と呼ばれる街道を通り、田辺に出た二人は海岸沿いに北上した。賑やかに栄えている堺港、一向一揆の本拠地である石山本願寺を見て、淀川に沿って京都へと入った。

 たとえ、将軍様がいなくても京都はやはり、花の都だった。所狭しと家々が建ち並び、様々な人が大勢暮らしていた。人々はどことなく、あか抜けていて、話す言葉さえ何となく上品に聞こえる。

 京都は上京と下京の二つに分かれ、共に町は堀と土塁で囲まれていた。政権が代わる度に戦が起こり、何度も酷い目に会わされた町民たちが自衛するために構えたのだった。上京には武家や公家たちが多く住み、下京は商人が中心となった町だった。

 下京の四条通りに面して『小野屋』はあった。小野屋で上泉伊勢守の道場の事を聞くとすぐにわかった。上京の相国寺の近くにあるという。下京を抜け、室町通りを北上して上京へと向かった。上京と下京との間には荒れ果てた土地が広がっていた。百年前の応仁の乱以前は、ここにも家々が建ち並んでいたらしいが、焼け落ちた後、再興される事なく荒れ地のままになっていた。

 上京に入り、通りがかった侍に道場の事を聞くと心安く教えてくれた。豪華な武家屋敷の間を通り抜けた町の外れに道場はあった。

 塀で囲まれた広い道場の中は活気に溢れ、大勢の若者たちが稽古に励んでいた。三郎は目を見張って稽古振りを眺めた。大峯山中で厳しい修行を積み、多少、自分の腕に自惚れていた三郎だったが、この道場の稽古を見て、自分の腕の未熟さを知らされたような気がした。

「どうじゃ。ここで、しばらく修行してみるか」と東光坊が三郎の肩をたたいた。

「えっ、でも、できるんですか」

「小野屋の女将が書状を書いてくれたからな、伊勢守殿も会ってくれるはずじゃ」

「女将さんが‥‥‥それじゃあ、最初から俺をここで修行させるつもりだったのですか」

「そういう事じゃ。武芸も一流の所で修行を積めば一流の腕になるからのう」

 道場の片隅に屋敷があり、そこで三郎は上泉伊勢守と会った。背丈が六尺近くもあり、鍛え抜かれた体は、とても六十歳とは思えない程、がっしりとしていた。質素な稽古着姿だったが、百戦錬磨の偉い武将と会っているような気がした。

「ほう、上州の草津から来られたのか」と伊勢守は感心しながら三郎を見た。「善太夫殿は達者でおられるかな」

「はい。毎日、戦に明け暮れております」

「そうじゃろうの、上野の地は大変じゃ‥‥‥善太夫殿も伜を旅に出すとはなかなかやるのう。今の世は目まぐるしく変わって行く。その目で世の中の動きをよく見ておく事じゃ。草津を守るためにもな」

「はい」

 伊勢守は小野屋の女将の手紙を読みながら、「ほう、小田原に寄って来られたのか」と聞いた。

「はい。幻庵殿にお世話になりました」

「そうじゃったか。わしも幻庵殿には随分と世話になった。わしの伜や孫たちは今、北条家に仕えておるんじゃよ」

「そうなのですか」

「うむ。孫の奴もここで修行していたんじゃがな、去年、小田原に帰って行った。そなたもここで修行に励むがいい」

「はい、よろしくお願いいたします」

 三郎は道場に住み込み、新陰流(しんかげりゅう)の修行を始めた。東光坊は十二月になったら迎えに来ると言って、どこかに行ってしまった。

 道場に鈴木移柏(いはく)と名乗る師範がいて、三郎の義父、善太夫の事をよく知っていた。移柏は善太夫が上野の上泉で修行していた頃、神後藤三郎と称し、上泉道場の四天王の一人として戦でも活躍していた。

 九州の肥後の国(熊本県)から来たという丸目蔵人佐(まるめくらんどのすけ)という師範は面白い男で、何かと三郎の面倒を見てくれた。

 九月になり、京の都が騒がしくなった。噂では尾張から美濃に進出した織田弾正(信長)が新しい将軍様を奉じ、大軍を率いて京都に攻めて来るという。上京の武家屋敷では戦支度に慌ただしく、公家屋敷では戸締まりをして回りの状況を見守っている。下京では荷物をまとめて逃げ出す者も多かった。

 道場に通っていた若者たちも戦の準備をしているのか、日を追って少なくなって行った。

「戦になるのですか」と稽古が終わった後、三郎は伊勢守に聞いた。

「わからんのう。松永弾正(久秀)次第じゃな」

「松永弾正?」

「うむ。今、京都を治めている武将じゃ。風流のわかる男なんじゃが、思い詰めると何をしでかすかわからん。将軍様を殺したり、東大寺の大仏殿を焼いてしまったり、まったく途方もない事を平気でする男じゃ」

「将軍様を殺した男が、この京都を治めていたのですか」

「そうじゃ。何をしようとも力のある者が勝つ。それが今の世じゃ。情けない事じゃがな。織田弾正という男が強いだけの男でなければいいがのう」

 伊勢守は厳しい顔付きで遠くの山々を見つめていた。

「あのう、よくわからないんですけど、新しい将軍様になるお人がどうして、美濃の国におられるのですか」

「将軍様になるには強い後ろ盾がなくてはならんのじゃよ。前の将軍様が松永弾正らに殺されたのは三年前じゃ。その時、将軍様の弟が奈良の興福寺におられた。松永弾正は弟も殺すつもりじゃったが、密かに興福寺を抜け出し、還俗(げんぞく)して越前(福井県)に向かったらしい。越前の朝倉氏を後ろ盾に上洛しようとしたが、思うように行かなかった。越後の上杉氏や甲斐の武田氏にも助けを求めたがうまく行かず、斎藤氏を倒して美濃に進出して来た織田弾正を頼ったようじゃ」

「そのお人が新しい将軍様になれば、京都は平和になるのですか」

「いや、そう簡単には行くまい。織田弾正にそれ程の力があるとは思えん。また、松永弾正としても黙ってはいまいからのう」

 九月二十六日、足利左馬頭(さまのかみ)義昭を奉じた織田弾正は六万余りもの大軍を率いて入京した。京の人々は大軍に攻められ、放火や略奪を恐れていたが、織田の軍勢は規律正しく、決して町人たちには手を出さなかった。人々は安心して家から出ると新将軍と織田弾正の入京を喜びあった。

 織田弾正は東寺を本陣として、義昭を清水寺に入れた。本陣には祝いを述べるため、公家衆や僧侶が群れをなしたという。

 下京の小野屋の警固に当たっていた伊勢守もホッと一安心して武装を解いた。三郎も勿論、警固に当たっていた。

 織田弾正は休む間もなく出陣し、敵対する三好勢を畿内から追い出し、松永弾正を降伏させて、京都に戻って来た。

 十月十八日、義昭は室町幕府十五代将軍に就任した。義昭は織田弾正に管領職(かんれいしき)に就くように頼んだが、織田弾正は辞退し、二十六日には岐阜に帰ってしまった。

 大軍が引き上げて行くのを眺めながら、京の人々は皆、不思議に思っていた。

「織田弾正殿はどうして、管領職に就かなかったんじゃろうのう」と移柏が呟いた。

「今までの武将とは少し違うようじゃの」と伊勢守は言った。

「あのう、管領職って何ですか」と三郎は小声で移柏に聞いた。

「将軍様を補佐する幕府の重職じゃ。今まで、新しい将軍様を奉じて来た者は必ず、管領職に就いて将軍様を補佐して来たんじゃ。補佐するというよりは将軍様を飾り物にして、権力を欲しいままにして来たと言った方が正しいがな。織田弾正殿はその管領職を蹴って、さっさと帰ってしまった。誰もが不思議がるのも無理はない」

「管領職は蹴ったが、代わりに堺、大津、草津(滋賀県)に代官を置く事を許してもらい、さらに関所を撤廃した。織田弾正は古臭い管領職などどうでもいいらしいのう。将軍様を連れては来たが、将軍様に仕えようという気はまったくないようじゃ。鉄砲の出現で戦の仕方が変わったように、新しい考えを持つ武将が現れたようじゃな」

「新しい考えですか‥‥‥」

「面白い男のようじゃ。何をしでかすか、しばらく様子を見よう」

 伊勢守は微かに笑うと一人うなづいた。

 十二月の初め、東光坊が迎えに来た。どこに行っていたのか聞くと、あちこちの山を歩き回って薬草を採っていたという。

「愛洲移香斎殿が考え出した愛洲薬という傷薬があるんじゃ。その作り方を伊勢守殿に教わったんでな、山に籠もって作っておったんじゃよ」

「移香斎殿は傷薬も作っていたんですか」

「傷薬だけじゃない。医者でもあったんじゃ。伊勢守殿から聞いたんじゃが、一緒に旅をした時、移香斎殿は兵法者として旅をしたのではなく、医者となって各地で人助けをしながら旅を続けたそうじゃ。草津でお亡くなりになる前もかったい(癩病患者)たちの面倒を見ておられた。その頃、移香斎殿は飄雲庵(ひょううんあん)と名乗っていて、武器など一切、持たなかったそうじゃ。わしの親父が正体を見破るまで、誰もが医者だと思っていたんじゃ」

「一流の武芸者でありながら、一流の医者でもあったのですか。すごい人だったんですね」

「それだけじゃない。一流の仏師(ぶっし)でもあったらしい」

「仏師?」

「ああ、仏様を彫る職人じゃ。移香斎殿は旅をする時、医者になったり、仏師になったり、山伏になったりして各地を回ったんじゃ。それを聞いてな、わしも山伏姿で旅をするのは芸がないと思ってのう。今から仏師になるのは無理じゃから、医者にでもなろうと思ったんじゃよ」

「東光坊殿が医者ですか」

 三郎は山伏姿の東光坊を眺め、首を傾げた。

「おいおい、これでも飯縄山にいた頃、一応、本草学(ほんぞうがく)は学んだんじゃぞ」

「そうだったのですか、知りませんでした」

「来年は医者として旅をするぞ、いいな」

「えっ、さっそく、来年からですか」

「そうじゃ。わしとしてもただ、お前に付き合うだけじゃなく、医者の修行をする事に決めた。お前の旅が終わったら、わしも旅などできなくなるからな」

 三郎は世話になった伊勢守や師範たちに別れを告げ、京都を後にした。







 故郷に帰った三郎は家族と共に年末年始を過ごした。

 上野の国(群馬県)の北西、信濃の国(長野県)との国境近くにある白根山の中腹に草津温泉はあった。冬の間は雪が深くて住む事ができず、山を下りて暮らしていた。それを冬住みと呼んだ。毎年、四月八日の薬師の縁日に山開きをし、十月八日の薬師の縁日に山を閉ざした。

 草津のお屋形様、善太夫の冬住みの屋敷は小雨村(六合村)にあった。三郎が生まれた屋敷は生須(なます)村にあり、善太夫の跡継ぎになってから小雨村に移った。小雨村と生須村は須川(白砂川)を挟んで向かい合っていて、共に山奥の小さな村だった。

 三郎は生須村で育ち、十一歳の時、草津にある白根明神に入って武術を習った。十三歳の時、父親が戦死し、翌年の春、善太夫の養子となった。三郎の母親は善太夫の妹だった。

 小雨村の善太夫の屋敷には祖母と善太夫の側室、小茶様と義妹のおアキが住んでいた。以前は善太夫たちも冬の間はここで暮らしていたが、五年前に長野原城を武田のお屋形様(信玄)より与えられてから、そちらに移った。長野原城には善太夫と正妻のお鈴様、側室のお初様、義妹のおハルが住んでいる。長野原城下には三郎の師匠、東光坊も家族と共に住んでいた。

 生須村には実母と実弟の小五郎、実妹のおしのとおしほとおみつが住み、すぐ下の弟、小四郎は白根明神で修行中だった。

 三郎は小雨村と生須村を行ったり来たりして、祝い酒を飲みながら、家族や友達に旅の話を自慢気に話していた。しかし、正月も半ばになると、また旅に出たくなって来た。三郎は雪の舞う中、長野原へと向かった。

 東光坊は三郎の顔を見ると、「よう、来たな」とニヤニヤした。「そろそろ、来るじゃろうと思っていた」

 東光坊は正月早々から薬作りに励んでいた。どうやら、本気で医者になるつもりらしい。「しかし、大変な事になったもんじゃのう」

「はい、父上は箕輪に出掛けて行きました」

「武田と北条の同盟が壊れたとなると、上野は益々、戦が激しくなる。今までは上杉を相手に戦っていればよかったが、今度は北条も相手に戦わなければならん」

 去年の十二月半ば、三郎が故郷に帰って来た頃、武田信玄は同盟を結んでいた今川家の領国、駿河に進攻して駿府(すんぷ)(静岡市)を占領した。駿府のお屋形は焼け落ち、今川刑部大輔(ぎょうぶだゆう)(氏真)は遠江(とおとうみ)の掛川城へ逃げ込んだ。その時、刑部大輔の奥方様は乗物にも乗らず、素足で逃げ惑っていたという。刑部大輔の奥方様は北条万松軒(ばんしょうけん)(氏康)の娘だった。万松軒はその事を聞くと青筋を立てて怒り、今川氏を助けるため大軍を駿河へ向けた。今、武田軍と北条軍は駿河の興津で対陣しているという。

「もう小田原には行けないんですね」と三郎は情けない声で言った。

「浅香の事がまだ忘れられんのか」

「浅香じゃありません。琴音殿です」

「ほう。また、琴音殿に戻ったのか」東光坊は呆れた顔をして三郎を見ていた。

「帰って来てから色々と考えたんです。父上は三人の妻を持っています。そして、娘は三人います。これから先、男の子が生まれるかもしれません。そうなったら、俺はどうなるんでしょう」

「お前はどうする気じゃ」

「男の子が生まれたら、俺は身を引きます」

「そして、琴音殿の婿になるのか」

 東光坊に心の中を見透かされたようで恥ずかしくなり、三郎は俯いた。

「それもいいじゃろう。だがな、お屋形様はお前を実の息子以上に大切にしている。この戦乱の世に湯本家を背負って立つのは容易な事ではない。お屋形様はお前に懸けているんじゃ。だからこそ、世間を見せるために旅に出している。お前がそんな中途半端な考えでいるのを知ったら、お屋形様は悲しむぞ。どうして、戦う前に諦めてしまうんじゃ。琴音殿が好きなら幻庵殿と戦ってみろ。北条家を敵に回してでも、琴音殿をさらって来い。その位の度胸がなければ、この乱世を生き抜く事などできはせん」

 三郎はしょんぼりとうなだれていた。確かに師匠の言う通りだった。やる前から諦めていたのでは何もできない。三郎は幻庵と戦う決心を固めた。

「わかりました。琴音殿を幻庵殿から奪い取ります」

「よし、それじゃあ、さっそく小田原に行くか」

 三郎は嬉しそうな顔をしてうなづいた。「でも、小田原は敵になったんでしょ。行けるんですか」

「山伏はどこでも行ける。ただし、気をつけんと捕まる可能性はある」

「捕まったら殺されるんですか」

「間者と間違えられれば、拷問にあって殺されるじゃろう。お前の新陰流が役に立つかどうか、見せ所じゃな」

「はい」と言ったが、三郎には自信はなかった。まだ、実戦の経験はない。人を殺す事が恐ろしかった。

 次の日、三郎と東光坊は山伏姿になり、小田原へと向かった。

 上野の国は利根川を境に、東側は北条領なので敵になってしまった。利根川の渡し場は警戒が厳重になり、利根川を挟んで敵と味方が睨み合っているという。

 二人は利根川の方へは行かず、箕輪城下から南下して秩父の山々を抜け、敵国の武蔵に入った。敵が現れはしないか、と三郎は回りを気にしながら歩いていた。

「キョロキョロするな。余計に怪しまれる」

「でも、大丈夫なんですか」

「山伏が旅をするのは当然の事じゃ。そんなの一々、気にしてたら敵だって仕事にならん」

「そうですよね。怪しい素振りを見せなければいいんですね」

「そうじゃ。北条には風摩党(ふうまとう)という忍び集団がいるのを知っているか」

 東光坊はそう言って立ち止まると、注意深く辺りを窺った。

 三郎も師匠を見習って、回りを見た。どこにも人影は見えなかった。

 東光坊は大丈夫だと言うようにうなづくと、木陰に腰を下ろした。秩父の山中には雪が残っていたが、この辺りには雪はなかった。三郎も師匠の隣に腰を下ろした。

「奴らに睨まれたら命はないと思え」と東光坊は小声で言った。

「そんな恐ろしい集団なのですか」

「わしも詳しい事は知らんが、親父の話だと陰流を身につけた忍び集団だそうじゃ。幻庵殿が愛洲移香斎殿の弟子だった事からして、移香斎殿の弟子たちによってできた集団じゃろう。もしかしたら、『小野屋』も風摩と関係あるのかもしれん」

「小野屋が‥‥‥すると、あの女将さんも?」

「あの女将は幻庵殿の事をおじさんと呼んでいた。あの女将も北条一族に違いない。女だてらにあれだけの小野屋を仕切っている。風摩なのかもしれんな」

「それじゃあ、小田原に行っても、小野屋や幻庵殿の屋敷には近づけないじゃないですか」

「うむ、難しいかもしれん。ただ、小野屋の女将はうちのお屋形様とは古い付き合いらしいからのう、一応、当たってみた方がいいじゃろう。女将と一緒にいれば、風摩を敵にしなくてもすむかもしれん」

「でも、捕まる可能性もありますよ」

「運を天に任すより他はあるまい。女将を通さずに幻庵殿の屋敷に近づけば間違いなく捕まる。今、思えば、幻庵殿の屋敷はどうも変じゃ。裏の森の中に鞍作りの職人がいたが、奴らも風摩党なのかもしれんぞ」

「まさか‥‥‥」

 三郎は鞍作りの職人たちの顔を思い出していた。琴音と一緒だったせいか、皆、愛想のいい人たちだった。あの職人たちが東光坊のいう恐ろしい忍びだとは思えなかった。

「あそこで鞍作りを習い、一人前になったら敵の城下に送り込む。敵の城下に住み込んで、情報を探るのかもしれん。それに、あの森の中で、幻庵殿が風摩党に指令を出すのかもしれんぞ」

「そんな‥‥‥それじゃあ、幻庵殿が風摩党を仕切ってるんですか」

「その可能性は充分にある。幻庵殿は移香斎殿の弟子じゃからな。今、北条家で移香斎殿の直接の弟子というのは幻庵殿だけじゃろう。そうなれば、風摩党を仕切れるのは幻庵殿だけじゃ。長老である幻庵殿の屋敷が小田原城下ではなく、あんな所にあるというのもおかしいしな」

「幻庵殿が風摩党を仕切ってるとすれば、琴音殿をさらってもすぐに捕まってしまいます」

「そういう事になるな。お前も恐ろしい人の娘に惚れたもんじゃ。やはり、こいつは諦めた方がいい。まず、第一に、もっと強くならなくてはならん。武芸の腕が一流じゃないと相手にもされんぞ」

「小田原に寄ったら、京都に連れて行って下さい」

「伊勢守殿の道場か」

「はい。死に物狂いで修行を積みます。そして、幻庵殿に認めてもらいます」

「うむ、それしかないな」

 無事に小田原に着き、小野屋に顔を出した。うまい具合に女将はいた。二人を見ると驚きはしたが、歓迎してくれた。

 庭園内に建つ茶室に案内すると、「よくいらっしゃいました」と女将は笑った。

「殺される覚悟で参りました」と三郎は言って女将の素振りを見守った。怪しい素振りは微塵もなく、庭の方を眺めても怪しい人影は見えなかった。去年来た時より何日か早かったのか、梅の花はまだ蕾だった。

「敵同士になってしまったものね。でも、ここにいれば大丈夫よ。わたしもね、湯本家が上杉家に属していた頃、草津に行ったわ。善太夫様はわたしが敵だとわかっていても歓迎してくれた。お互いに敵同士になっちゃったけど、湯本家は特別よ。北条家の者たちは敵とは見ていないわ。でも、気を付けた方がいいわね。間者と間違えられたら殺されるかもしれないわよ」

「はい。でも、どうして、湯本家は敵じゃないのですか」

「移香斎様がお世話になったからよ。移香斎様は北条家にとって、とても大切なお人だったの。それに、あの辺りには陰流を身に付けてる人が多いでしょ。同門の者たちが争ったら移香斎様は悲しむわ」

「そうですか‥‥‥」

 女将は三郎の顔を見ながらニヤニヤした。

「命を懸けてまで、ここにやって来るなんて、目的はあれしかないわね。諦めてくれると思ったんだけど、そう簡単には行かないか」

「お願いします。会わせて下さい」と三郎は女将に頭を下げて頼んだ。

「しょうがないわね。でも、断るわけには行かないわね。わたしにも身に覚えがあるから」

「えっ、女将さんも命懸けで人を好きになった事があるのですか」

「わたしだって女よ。そりゃあ、ありますよ」

 女将は微笑を浮かべると、火箸を手に取って、囲炉裏の中に炭を足した。

「それにね、困った事に向こうもあなたの事を好きみたい」

「えっ、本当ですか」

 三郎は夢を見ているような気分になった。早く、琴音の所に飛んで行きたかった。

「本当よ。あの後、草津に連れてってって言ったのよ。三郎様は京都にいるから草津にはいないって言ったら、今度は京都に行きたいですって。今は修行中だから駄目だって諦めさせたけどね。あの調子じゃ、あと二、三年もしたら家を飛び出して草津に行っちゃうかもね」

「そうだったのですか」

 三郎は嬉しそうな顔をしながら横にいる東光坊を見た。東光坊は知らん顔して、じっと女将の手元を見つめていた。

「あの、幻庵殿は何とおっしゃってるんですか」

「伯父様は今の所は笑っているだけ。本気じゃないと思ってるのよ。娘心ってものがわかってないのね。でも、お互いの気持ちが本気だって知ったら、絶対に許さないと思うわ」

「でしょうね」と三郎は俯いた。

「あなた次第だわね。あなたが立派な武将になれると伯父様が考えれば、お嫁に出すかもしれない」

「立派な武将になります。修行を積んで、もっともっと強くなります」

「でもね、今の状況では難しいわ。あなたが北条家の娘をお嫁に貰えば、当然、北条方となる。湯本家の回りは皆、武田方よ。滅ぼされるのは目に見えてるわ」

「そうか‥‥‥そこまで考えなかった」

「方法がない事もないけどね。琴音ちゃんを京都の然るべき人の養女にして、京都から輿入れするのよ。そうすれば北条家は関係なくなる。でも、伯父様がそこまでするとは思えないし、後は二人の気持ち次第ね。伯父様だって父親だから、娘の幸せを一番に考えるわ。琴音ちゃんがどうしても三郎様じゃなきゃいやだってなれば、そうするより他ないわね」

 三郎は女将に連れられて幻庵屋敷に向かった。幻庵は留守だった。駿河で戦が始まったので、小田原城に詰めているらしい。三郎は琴音と再会した。

 琴音は目を丸くして驚き、嬉しそうに三郎を迎えた。十五歳になった琴音は、去年、会った時よりずっと大人になっていた。そして、眩しい程に美しくなっていた。三郎は琴音に京都で買った櫛(くし)を贈った。秋の草花の中を赤とんぼが飛んでいる図柄の櫛だった。

「まあ、すてき」と琴音は飛び上がって喜んだ。

 旅の話を聞かせると、琴音は目を輝かせて聞いていた。

 幻庵の屋敷に二日間、滞在した。三郎はいつも琴音と一緒だった。琴音を抱きたいといつも思っていたのに、なぜか、手を触れる事もできなかった。時が経つのは早かった。あまりにも早すぎた。

 別れの時、「もっと強くなって、来年、また来る」と三郎は言った。本当は、来年、迎えに来ると言いたかった。でも、口には出せなかった。

「楽しみに待っております」と琴音は三郎をじっと見つめて、うなづいた。

 三郎と東光坊は小野屋の船に乗って、真っすぐ、伊勢の国へと向かい、どこにも寄らずに京都へと直行した。

 京都では将軍義昭のために新しい御所の普請が始まっていた。数千人にも及ぶ人足たちが上京と下京の中程で威勢よく働いていた。その規模の大きさに京の人々は驚き、今まで、あまり聞いた事もなかった織田弾正(信長)という男の実力を改めて肝に銘じていた。

 伊勢守の道場には新しい顔が何人もいた。政権が代わり、織田家の家臣たちの子弟が門下に加わったらしい。

 東光坊は十二月に迎えに来ると言って草津に帰った。医者になると言っていたが、武田と北条の同盟が壊れた今、そんな暢気な事をしていられない。東光坊には善太夫のために敵の情報を集めるという重要な仕事があった。去年は配下の者たちに任せていたが、今年はそうもいかないと帰って行った。

 回りで何が起ころうと三郎は武術の修行に専念していた。琴音の父、幻庵に認めて貰える腕にならなくてはと眠る間も惜しんで修行に励んだ。三郎と同じように、夜遅くまで稽古に励んでいる男がいた。

 織田家の家臣で堀久太郎という男だった。三郎より一つ年上で、腕は互角だった。何となく気が合い、共に修行を積んだ。久太郎は美濃の国で生まれ、十三歳の頃より弾正に仕え、小姓として常に弾正の近くにいたという。弾正の許しを得て、一年間、伊勢守のもとで武術修行に励んでいる。久太郎は心から弾正を尊敬していた。久太郎から弾正の事を色々と聞き、三郎も織田弾正という男を身近に感じ、少しづつ惹かれて行った。

 弾正のために強くならなければならないと言っていた久太郎も、三郎と親しくなるにつれて、本当の事を話してくれた。恋敵がいて、どうしても奴を倒さなければならないという。三郎には恋敵はいないが、女のために強くなろうという思いは同じだった。お互いにその事を知って大笑いをした。その後、さらに意気投合して、時には内緒で道場を抜け出し、盛り場に行って遊んだりもした。

 若い二人は好奇心に溢れていた。多少、腕にも自信があり、怖い物知らずで、どこにでも出掛けて行った。人相の悪い男どもが集まっている怪しげな店に入って、びくびくしながら酒を飲んだり、真っ白な顔をしたお化けのような女がいる遊女屋に入って、慌てて逃げ出したりと無茶な事をしては楽しんでいた。久太郎は大して飲めないのに酒が好きだった。飲み過ぎて何度も吐いているくせに飲み屋通いをやめなかった。下京まで出掛けて行って酔い潰れ、朝帰りをして怒られた事もあった。それでも二人は夜遊びを続け、二日酔いでフラフラしながらも武術の修行は決して怠らなかった。

 久太郎は恋敵を倒す事を夢見、三郎は琴音を嫁に迎える事を夢見ながら、二人の厳しい修行の日々は続いて行った。
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