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2017 .04.26
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21.次男誕生








 沼田攻めから帰った三郎右衛門は草津に上った。お松の怒った顔がちらつき、馬の足取りも重かった。もうこれ以上、延ばすわけにはいかない。まもなく、生まれそうだった。

 三郎右衛門はお屋形の自室に入るとお松を呼んだ。

「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございました。まずは温泉に入ってのんびりなさいませ」お松は嬉しそうな顔をして三郎右衛門に挨拶をした。

 嫁いで来てから五年が経ち、まだ二十一歳なのに、すっかり奥方としての貫禄がついていた。いつもニコニコしていて怒る事など滅多にないが、今日は覚悟をしなければならなかった。

「話があるんだ」と三郎右衛門はお松から視線をはずして言った。

「何でございます」とお松は首を傾げ、大きな目で三郎右衛門を見つめた。

「実はな‥‥‥」と言ったきり、その先の言葉が出て来なかった。

「どうしたのでございます。もしや、どなたか戦死なされたのですか」

「いや、そうではない。実は‥‥‥すまん。許してくれ」三郎右衛門は両手をついて謝った。

「だめです。許しません」とお松は言った。

 顔を上げるとお松は恐ろしい顔をしていた。

「お前、知っているのか」

「知らないと思っていたのですか」

「どうして知っているんだ」

「草津中の噂になっております。知らないのはお屋形様だけでございましょう」

「なに、噂になっている?」

「お屋形様が東光坊様の娘さんといい仲になって子供ができたという噂です」

「誰が一体、そんな噂を‥‥‥」

「誰が流したかが問題ではございません。お屋形様はわたしにお約束なさいました。決して浮気はしないと‥‥‥」

 膨れっ面をしながらも、お松の目には涙が溜まっていた。

「すまん。つい‥‥‥」

「つい、手を出してしまわれたのですか」と涙声で言ってから、お松は堪え切れずに顔をそむけて涙を拭いた。

 声を殺して泣いているお松を見ながら、悪い事をしてしまったと三郎右衛門は心の底から詫びていた。ようやく泣きやむと、恨めしそうな顔をして三郎右衛門を横目で見て、

「お美しいお方でございますからね、お久さんは」と言った。

「お久?」三郎右衛門は怪訝な顔をしてお松を見つめた。

「ごまかしてもだめです」とお松は三郎右衛門をじっと睨んでいた。弱気なお松は消えて、再び、強気なお松に戻っていた。

「噂を聞いて、わたしはすぐに会いに参りました。ほんと、びっくりしましたよ。あんなに大きなおなかになって。あの人、金太夫様の仲居をしていたお方ではありませんか。東光坊様の娘さんだなんて、ちっとも知りませんでした。東光坊様も知らんぷりしているなんて、まったくひどい事です」

「いや、東光坊を責めるな。東光坊も子供の父親の事は知らなかったんだ」

「まあ、父親にも内緒だったのですか」

「この前、言ったら、こっぴどく怒られた。薩摩守殿に合わす顔がないと言ってな」

「ほんとですよ。お祖父様に合わす顔がないのはわたしの方です」

「すまん。薩摩守殿にも本当の事を話して許してもらうつもりじゃ。もう二度と浮気はせん。許してくれ」

「許すも許さないも、もうすぐ子供は生まれます。子供には何の罪はございません」

「すまん」

「子供が生まれる前にお久さんをここに移して下さい」

「なに、ここに入れるのか」

「お屋形様のお子が他所で生まれたら可哀想ではありませんか。村の者たちは皆、知っております。ここに迎えなければ、わたしが悪者になってしまいます。辛いけれど覚悟を決めました」

「すまん」三郎右衛門はもう一度、深く頭を下げた。
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22.新城築城








 武田軍が上野から去って行くと北条軍が攻めて来て、武田に奪われた城を一つ一つ取り戻して行った。大胡城だけは廐橋勢によって守られ、無事だったが、女淵城、膳城、山上城、今村城、茂呂城、江田城、反町城は奪われた。白井勢も北条軍に呼応して、内藤勢に奪われた八崎城、真田勢に奪われた不動山城を奪い返した。北条軍が沼田まで攻めて来る事はなかったが、以前の状況に戻ってしまった。

 天正九年(一五八一年)正月、武田四郎は近いうちに攻めて来るであろう織田信長に備え、本拠地となるべく新たな城を築く決心をして、真田安房守を普請(ふしん)奉行に任命した。新城の位置は甲府の北西五里程にある片山(韮崎)七里岩の上と決められた。そこは四郎の義兄、穴山玄審頭の領地で、新城築城を勧めたのも玄審頭だった。

 江尻城主として駿河の国を守っている玄審頭は去年の十一月、入道となり梅雪斎不白と号していた。東の北条、西の徳川、織田を追い払って駿河の国を守り抜くために、決心を新たにし、信玄にならって入道したという。

 新しい城の事を調べるために甲府に行った東光坊から、その事を聞いて三郎右衛門は首をひねった。

「穴山殿はどうして今頃、城を築く事をお屋形様に勧めたのだろう」

「勿論、織田の大軍に備えてじゃ」

「お屋形様は織田軍が攻めて来たら籠城するつもりなのか」

「それも一手じゃ。信長といえども五万もの大軍を率いての長期戦は難しい。信長が甲斐に釘付けになっている間に、西の毛利、北の上杉が動き出す。そうすれば、信長も引き上げるしかあるまい。北条の小田原城が上杉、武田の大軍に囲まれてもビクともしなかったようにな」

「成程。安房守殿は織田の大軍に囲まれても絶対に落ちない城を築いているわけか」

「そういう事じゃ。ただな、それ程の城を築くとなると莫大な費用が掛かる。遠征続きで財政が困難になっている今、不満が募っているのは確かじゃ。下手をすると武田家を救うための城が裏目に出てしまう事もある」

 三郎右衛門は小田原城を思い出していた。新しく築く城がどれ程の規模なのかわからないが、難攻不落の城を築くとなれば、想像を絶する費用と大量の資材や相当数の人足が必要になる。確かに、下手をしたら領民たちの不満を買う事になるかもしれなかった。

「もし、城を築かなかったらどうなる」と三郎右衛門は聞いてみた。

「織田の大軍を迎え撃つしかあるまい。敵が領内に入って来る前に、野戦を仕掛けて勝つしかない。しかし、信長は野戦を嫌って、長篠の時のように守りを固めるじゃろう。あの時の二の舞いを演じたら、武田はもう終わりじゃ」

 京都から戻って来た行願坊は五万の兵力で信長は攻めて来るだろうと行っていた。それだけの兵力と数千の鉄砲があれば、たとえ野戦に持ち込めたとしても、武田軍が勝てるとは思えなかった。やはり、新しい城は必要なのかもしれない。

 正月の末、吾妻衆にも築城のための動員令が来た。家十軒に対して人足一人、三十日間の徴用というもので、人足の糧米も負担して、二月十五日までに甲府に行かなければならなかった。今回、徴用されたのは西吾妻の湯本、西窪、鎌原の三氏だった。

 冬住みの時期でよかったと三郎右衛門は家老の湯本伝左衛門に人足を集めさせた。そのまま、伝左衛門に甲府まで連れて行って貰うつもりだったが、真田安房守より知らせがあり、冬住みの間、普請を手伝ってくれという。

 三郎右衛門だけでなく、西窪治部少輔、鎌原孫次郎も呼ばれ、三人は人足を率いて、雪の鳥居峠を越え、甲府へと向かった。
23.新城築城








 梅雨が明けると、越後の国からも湯治客がやって来た。去年、一昨年と北条領の武蔵の国からの客が来なくなり、小さな宿屋ではお得意様が減ったと嘆いていた。同盟した上杉領から新しい客を連れて来なければならないと白根明神の山伏たちが越後に向かったが、三郎景虎の死後も越後では内乱が続き、治安が悪く、湯治どころではなかった。ようやく、去年の秋、喜平次景勝は越後国内を平定し、久し振りに平和が訪れた。

 武田信玄が上野に攻めて来るまでは、草津と越後の交流は盛んに行なわれていた。三郎右衛門が物心つく以前の事で、湯治客は勿論、塩や海産物、米も越後から入って来ていた。上杉謙信の父親、長尾弾正少弼(為景)も大勢の家臣を引き連れて草津に来たという。草津が武田領となり、上杉謙信と敵対関係になると毎年、来ていた客も草津には来られなくなった。二十年振りにやって来たという者もかなりいて、懐かしそうに滝の湯を浴びていた。

 湯治客で賑わっている七月の半ば、真田安房守が突然、草津にやって来た。新城の築城が順調に行っているので、骨休みだと言って温泉に浸かった。その夜、三郎右衛門は安房守と二人だけで酒を飲み、海野兄弟は異状なしと告げた。

「そうか」と安房守は顔色を変えずにうなづいた。

 三郎右衛門を見つめ、何か言いたそうな顔をしたが何も言わなかった。三郎右衛門も安房守の本心を聞きたかったが、答えを知るのが恐ろしく、聞く事はできなかった。安房守は新城の事ばかりを三郎右衛門に話して聞かせ、今に自分の城を築いてみたいと言っていた。草津に一泊した安房守は沼田に向かい、沼田衆の案内で子持山の参詣をしてから七里岩の普請現場に帰った。

 九月の半ばにも、疲れたと言って安房守は草津に来た。三郎右衛門は海野兄弟に怪しい素振りはないと告げた。

「そうか」と安房守は落ち着いた表情でうなづいた。

「北条に寝返った彦次郎からも何の知らせもないようです。能登守殿も中務少輔殿も彦次郎の消息をまったく知りません」

「わしの取り越し苦労じゃったか」と言って、安房守は苦笑した。気のせいか、何となく不気味な笑いに思えた。

 安房守は草津から岩櫃城へと行き、吾妻衆を集めて、城下にある善導寺に参詣した。三郎右衛門も岩櫃まで行き、参詣に従った。それはただの参詣ではなかった。岩櫃城から善導寺までの道は厳重に警固され、善導寺も武装した兵で囲まれた。三郎右衛門を初めとした吾妻衆の主立った武将たちは正装して安房守に従い、善導寺本堂での法会の後、客間での酒宴に相伴した。

 驚きのあまり、どうして安房守がこんな事をするのか三郎右衛門にはわからなかった。安房守は普段から仰々しい事が好きではなかったはずだった。草津に来ても幕を張って湯小屋を占領する事はなく、気楽に湯治客と共に入っていた。新城普請の忙しい中、わざわざ戻って来て、どうして、こんな大袈裟な参詣をするのだろうか。

 安房守が帰ってから、その答えがようやくわかった。まさしく、東光坊の言った通りだった。安房守はすでに真田領国を見据えていた。今日の安房守の姿は吾妻郡の領主に成り切っていた。子持山の参詣もきっと利根郡の領主に成り切っていたに違いない。海野兄弟の成敗も現実のものとなるような気がして、背筋が寒くなるのを感じた。
24.裏切り








 例年に比べて雪が多く、岩櫃城もすっぽりと雪で覆われていた。岩櫃城代となった三郎右衛門は長野原の事は雅楽助に任せ、岩櫃城にいる事が多くなり、月陰党の者たちも岩櫃城下に『万屋(よろずや)』を出して移って来ていた。

 白根山中に月陰砦を作ってから七年が経ち、修行を積んだ若い者たちは三十人にもなっていた。東光坊の留守に、北条の風摩党にやられて五人が亡くなってしまったが、その後は、東光坊の的確な指示のお陰で誰も亡くなってはいない。

 一期生の水月坊は仁科五郎の側室になった四期生のハヅキを守るため、三期生の光月坊を連れて高遠城にいて、向こうの様子を知らせていた。子供を産むために仁科郷にいた五郎の奥方様は無事に女の子を産み、子供と共に高遠城に移っていた。信松尼(しんしょうに)となったお松御寮人様も城内に新しい屋敷を建てて貰って住んでいる。三郎右衛門の養女となったハヅキは五郎に可愛がられ、奥方様ともうまくやっているという。

 水月坊と同じく一期生の山月坊は白井城下、新月坊は鉢形城下にいて、それぞれ敵情を探っていた。他の者たちは、草津、長野原城下、岩櫃城下にある『万屋』にいる事が多く、必要に応じて各地に飛んでいた。

 三郎右衛門の次男を産んだ里々は砦に戻って、キサラギ、ミナヅキと共に師範をしているが、時々は我が子を見るために山を下りていた。身を引いた里々のためにも立派な武将に育てなければならないとお松は久三郎を我が子だと思って育てている。すでに、お松は里々の素性を知っていた。子供を産んだ時、色々といたわってくれたお松に対し、嘘をつき通す事ができず、里々は三郎右衛門に断って素性を明かした。里々が三郎右衛門と噂のあった遊女だと聞いてお松は驚いたが、それ以上に、忍びとして若い者を鍛えていると聞いて信じられないという顔をした。お松は里々の気持ちを理解し、湯本家のために働いてくれと里々の事を許した。三郎右衛門と里々の関係はその後も続いていて、里々は二度と妊娠しないように充分に気をつけていた。

 今年ももうすぐ終わるという師走(しわす)の暮れ、徳川の本拠地、浜松城下にいた正顕坊(しょうけんぼう)が岩櫃城にやって来た。正顕坊は月陰砦の修行者ではなく、古くからの東光坊の配下だった。東光坊の真似をして医者に扮して浜松に住み着いてから二年余りが過ぎていた。

「こちらはすごい雪ですな。浜松は暖かくて住みやすい所ですぞ」と正顕坊はすっかり医者という態度で穏やかに笑った。

「徳川が動いたのか」と三郎右衛門が聞くと、正顕坊は神妙な顔をしてうなづいた。

「大量の兵糧を集めて諏訪原城(金谷町)に入れております」

「諏訪原城というのは駿河と遠江の国境近くにある城だったな」

「はい、大井川の側にございます」

「徳川が駿河に攻め込むというのだな」

 正顕坊は首を振った。「徳川だけではないでしょう。あれだけの兵糧を集めるというのは織田の大軍が来るものと思われます」

「すると織田と徳川の連合軍が駿河、いや、甲斐に攻め込むというのか」

「近いうちに行なわれるものかと」

「うーむ。いよいよ、織田が動くか」

 三郎右衛門は腕組みをして考えた後、顔を上げた。

「直ちに浜松に戻って、敵の動きを正確に知らせてくれ。東光坊と相談して若い者を何人か連れて行くがいい」

「はっ、かしこまりました」

 正顕坊が引き下がると、三郎右衛門は絵地図を広げて眺めた。諏訪原城に兵糧を入れたという事は織田信長は駿河を攻め、北上して甲斐に攻め込むに違いなかった。駿河を守っているのは江尻城にいる穴山梅雪だった。梅雪が織田徳川の連合軍を相手に持ちこたえる事ができるか不安だった。もし、梅雪が戦う事なく籠城してしまえば、敵は難無く甲斐の国に入ってしまう。
25.裏切り








 三月三日、新府城から岩殿城を目指した武田四郎の一行は、無残にも荒れ果てた古府中に着くと、まだ無事に残っていた一条右衛門大夫の屋敷で休憩してから東へと向かった。その夜は、信玄の従妹(いとこ)、理慶尼のいる柏尾の大善寺に泊まった。翌日、笹子峠の登り口、駒飼(こまがい)に着いた時、小山田左兵衛はお屋形様を迎える準備を整えなければならないと先に岩殿城へ帰って行った。

 いつまで経っても迎えは来なかった。九日の夜に左兵衛の家臣が来たと思ったら、人質として残っていた母親を強引に奪い去って行った。土壇場(どたんば)になって信頼していた左兵衛に裏切られた四郎は死を覚悟して天目(てんもく)山を目指した。天目山は武田家の先祖、武田安芸守(あきのかみ)信満が戦死した場所で、幼い頃、父の信玄に連れられて来た事があった。先祖と同じ地で死ぬのも何かの因縁だろうと四郎は死に場所に選んだ。しかし、織田軍の追っ手は早く、天目山にたどり着く事なく、十一日の昼前、田野(たの)で休んでいた所を四方から攻撃を受け、全員が討ち死にを遂げた。

 武田四郎勝頼は三十七歳で無念の生涯を閉じた。北条家から嫁いだ奥方様は実家に帰る事を拒み、十九歳の若さで散って行った。跡継ぎの太郎信勝は十六歳で見事に切腹して果てた。去年、生まれた次男は大善寺に行く途中、具合が悪くなり、春日居の渡し場近くに住む渡辺嘉兵衛に預けられた。嘉兵衛は四郎の遺児を匿(かくま)い通して育てたが、翌年の三月、看護の甲斐もなく病死してしまった。

 日を追って逃亡者が相次ぎ、最後まで、お屋形様に従って亡くなった者は七十人足らずしかいなかった。その中には一昨年、お屋形様と一緒に草津に来た土屋惣蔵、跡部尾張守、小宮山内膳と去年、一条右衛門大夫と共に来た秋山紀伊守と小原丹後守もいたという。草津の遊女、初花(はつはな)を迎えに来ると言った土屋惣蔵は、あの後、何度か手紙をよこし、初花は本気で惣蔵が迎えに来るのを楽しみに待っていた。

 岩櫃城にいた三郎右衛門が武田のお屋形様の死を知ったのは二日後の十三日の夕暮れだった。お屋形様の後を追っていた多門坊と静月坊が戻って来て、詳しい状況を知らせてくれた。

 お屋形様の終焉(しゅうえん)の地となった田野の周辺は織田の追っ手だけでなく、落ち武者狩りに加わった地元住民たちも押し寄せていた。皆、殺気立ち、現場に近づく事は容易ではなく、二人は落ち武者狩りの者たちに混じって近くまで行った。すでに織田勢によって現場は封鎖され、侵入する事はできなかった。合戦は正午には終わり、夕方には織田軍も撤退した。数十人の者たちが現場に残っていたが、警戒は厳重とは言えなかった。二人は忍び込んで側まで行ってみた。言葉では表現できない程、無残な光景がそこにあった。首のない武将たちの死骸があるのは、どこの戦場でも目にする光景だったが、二十人余りもの身分ある女たちの死骸が血だらけになって転がっているのは目を覆いたくなるほど悲惨な光景だったという。

 二人と一緒に甲府に行った東月坊は、人質として新府の城下で暮らしていた真田安房守の家族たちを守りながら先に帰っていた。安房守の奥方、長男の源三郎、次男の源次郎、三人の娘、それに、安房守の兄、源太左衛門の娘と兵部丞の息子、弟の加津野市右衛門の家族、矢沢三十郎の娘たちも一緒で、総勢百人余りが危険な目に会いながらも無事に帰って来た。源三郎と源次郎に仕えていた三郎右衛門の弟、小四郎も無事だった。何度も盗賊と化したならず者たちに襲われそうになり、まるで、落ち武者になったような気分だったという。佐久から浅間越えをして来た一行は鎌原城で休んだ後、鳥居峠を越えて真田へと帰って行った。

 正月末の木曽伊予守の裏切りから始まって、木曽での敗戦、伊那衆の逃亡、穴山梅雪の裏切り、高遠城の落城、そして、土壇場での小山田左兵衛の裏切りと続き、わずか一月半で、武田家が滅び去ってしまうとは、想像すらできない事だった。甲斐、駿河、信濃、西上野の領主として君臨していた武田家が消えてしまったなんて、悪い夢でも見ているようだった。

 先月の末、箕輪城を奪い取った北条安房守は吾妻に攻め込もうと隙を窺っていたが、武田家が壊滅状態に陥った事を知ると信濃を侵略しようと西へと向かった。松井田城を落とし、碓氷(うすい)峠を越えて佐久に攻め込もうとしていた。岩櫃城を守っていた三郎右衛門たちがホッと胸を撫で下ろした時、武田家の滅亡の知らせが届いたのだった。

 多門坊と静月坊が引き下がった後、三郎右衛門は縁側に座り込んだまま、呆然としていた。早く、皆に知らせなければならないと思いながらも、亡くなってしまったお屋形様や奥方様の面影を偲(しの)んでいた。そこに東光坊が、のそっと現れた。
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酔雲の著書













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